新型コロナウイルスの感染者が出勤すれば、社内の感染が広がるだけではなく、通勤や業務中に触れあった無関係な人にまで感染を拡大させる恐れがあります。そのため会社側の適切な対応が求められていますが、いままで直面したことのない事態のため、対応が後手後手になっているのは否めません。社員の健康を守り、会社のリスクを回避するためのポイントを、労務の観点から解説します。
インフルエンザとの違いは、「法律に則った対応」
季節性インフルエンザについての出社停止期間を定めた法律は存在せず、「勤務の停止」を命令することはできません。ただし新型コロナウイルスの場合は、指定感染症・検疫感染症に指定されているため、感染確認後は入院・隔離されます。
新型コロナウイルスを指定感染症・検疫感染症とする政令・・・公布日2020年1月31日、施行日2月1日
季節性インフルエンザと新型コロナウイルスの、会社の対応の違いは以下のようになります。
【季節性インフルエンザと診断が下った】
➡出勤停止とする法律はないので、会社ルールに従う
会社に連絡し、会社のルールに則り診断書の提出などを行う。医師の診断書に書かれた出勤停止の期間は出社させず、回復まで自宅療養をさせる。出勤停止期間が終わり、熱が下がり、体調が回復したら出社可能。
【新型コロナウイルスと診断が下った】
➡指定感染症なので、法律に従う
会社に連絡する。新型コロナウイルスに感染していると認定されると、強制入院・隔離措置の対象となる。治療費は公費負担となり、治療費用はかからない。就業制限・退院については、国(厚生労働省)から各自治体に通知が出ているので、退院・出勤は、医療機関の指示に従う。
疑わしければ、「帰国者・接触者相談センター」へ
感染が拡大している2020年2月における、季節性インフルエンザと新型コロナウイルスの大きな違いは、「病院で検査がしにくい(判定しにくい)」ことです。検査ができる医療機関は限られています。まだ未知の部分が多い新しい病気ですから、医療従事者の知識や経験も当然追い付いていません。
新型コロナウイルスの疑いがあるときは、まずは「帰国者・接触者相談センター」に相談してください。各都道府県ごとに設置されています。
相談する基準は、「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合、強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)があるとき」です。
もし社員の体調がおかしく、感染が疑われるときも、上記センターへの相談をすすめてください。帰国者・接触者相談センターでは、対応可能な病院を教えてくれます。万が一の事態を考え、指定された病院で受診することが大切です。
会社員が、体調に不安を覚えたら?
「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合、強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)があるとき」という基準は、働く人にとってとても微妙なラインです。大切な仕事があれば、発熱を押して出社してしまう人もいるでしょう。また症状の正しい把握や報告ができず、会社を休ませてもらえない…という事態も出ているはずです。
上記症状が出ても、新型コロナウイルスではなく、普通の風邪、季節性インフルエンザ、もしくは他の大きな病気の可能性も、もちろんあるでしょう。
新型コロナウイルスだという診断が付かない、または感染しているか分からない状態で、自己申告の体調不良で休むのであれば、理由問わず「欠勤」の扱いになります。
疑わしき状態なら、単なる風邪と楽観視せずに早めに「帰国者・接触者相談センター」へ連絡をする。そして例年以上に体調管理につとめ、予防意識を高める必要があります。
労務管理の観点からみる新型コロナ
労務管理の視点ではどうなるでしょうか。季節性インフルエンザと違い、社員の復帰のめどが見えにくい新型コロナウイルス。社内での感染を防ぎ、業務リスクを最低限に押さえるためにも、早期の対応が求められます。
社員が新型コロナウイルスに感染したときの、労務管理上のポイントをまとめてみましょう。
ケース①新型コロナウイルスに感染し、発症と診断されたとき | ・指定感染症に指定されているので、強制入院・隔離措置の対象となり、当然出勤停止になる ・企業からの休業手当の支給は不要 ・年次有給休暇を使用するときは、本人の申出が必要。会社が勝手に有給休暇の処理をすることはできない ・傷病手当金の対象とすることは可能 |
ケース②新型コロナウイルスに感染しているが、未発症のとき | ・安全衛生法の就業制限には当たらない ・指定感染症に指定されているので、都道府県知事が就業制限を本人に勧告することができる。 ・その場合、病院から就業制限の期間などの診断が下るので、それに沿って休ませる ・就業制限がかかったときは、休業手当の支給は不要 ・傷病手当金の対象とすることは可能 |
ケース③感染不明・疑いありで、会社が社員を休ませるとき | ・本人の意思で休むときは、休業手当の支給は不要 ・年次有給休暇の使用は可能。(会社の規定で事前に休暇申出が必要なときは、会社と要相談) ・会社が出勤停止にするときは、休業手当の支給が必要 ・傷病手当金の対象になるときがある(参考:厚生労働省 新型コロナウイルス感染症に係る傷病手当金の支給について) |
ポイントを解説していきます。
ケース①新型コロナウイルスに感染し、発症と診断されたとき
就業制限がかかるので、診断書にそって休ませます。隔離措置が取られ、入院となります。退院と就業制限については、医療機関の指示に従ってください。
もし「前日まで発熱を押して出勤していた」「大勢の参加する会議に出ていた」など、社内での感染の恐れがあるときは、「帰国者・接触者相談センター」または保健所に相談をしましょう。
ケース②新型コロナウイルスに感染はしてるが、未発症のとき
診断書に沿って休ませます。発症同様、隔離措置や入院になる可能性があります。
病院等の施設に隔離されているが症状がなく働ける状態で、テレワークでの業務が可能であれば、テレワーク対応を検討します。
このときは、給与の支払いが発生します。テレワークにより通常より勤務時間が短くなれば、短くなった分を給与から控除できます。賃金については、労使の話し合いをおすすめします。
ケース③感染が不明・疑いありで、会社が社員を休ませるとき
休業手当の支給が必要になります。年次有給休暇は、本人からの申出があったときにのみ、使用が可能です。会社の判断で勝手に使用することはできません。
会社がその人を受診させたいときは、費用は会社負担となります。ただし実際に新型コロナウイルスの検査が受けられるかどうかは現時点では不明確です。それでも会社が、疑いのある社員を会社の命令で休ませるときは、休業手当の支払いが発生します。
感染が不明で、社員が診察や欠勤を申し出たとき
体調不良や、外国人との接触などで不安を感じた社員が、休みを申し出るケースもあるでしょう。そのときは通常の風邪や季節性インフルエンザと同じく、「休ませてきちんと診断させる、出勤強制などはしない」ことを、安全配慮の観点からおすすめします。
そして、新型コロナのウイルス相談基準の「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合、強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)」が見られるのであれば、速やかに「帰国者・接触者相談センター」への相談と受診を促しましょう。
新型コロナウイルスと有給休暇
前述の通り、会社は有給休暇の取得を社員に強制できません。有給休暇は、原則従業員から有給休暇の請求があったときに与える必要があります。
新型コロナウイルスに感染して会社を休むときは、以下のいずれかのケースに当てはまります。
① 欠勤
② 有給休暇(会社のルールに沿って請求する)
③ 特別休暇(会社の制度があるとき)
④ 休職(会社の制度があるとき)
新型コロナウイルスと傷病手当金
新型コロナウイルスで会社を休み、給与が支給されないときは「傷病手当金」が受け取れます。傷病手当金の対象になるのは、原則休み始めて4日目からです。最初の3日間は、傷病手当金は支給されません。この3日間は賃金が支給されていてもよい期間です。有給休暇を取得しても傷病手当金には影響はありません。
今回、新型コロナウイルスの関係で、発熱などの症状があるため自宅待機をして休業をしている期間、医師の証明がなくても傷病手当金の申請できるようになりました。
例えば、以下のようなとき医師の証明(傷病手当金支給申請書4ページ目)がなくても申請できます。
①発熱などの自覚症状があって「帰国者・接触者相談センター」へ相談し、受診するまで自宅療
養をしていた期間
②発熱などを自覚症状があり、自宅療養をおこなっていた従業員が、症状が悪化し、医療機関に
受診ができないまま症状が改善されるまでの期間
①②の期間、労務不能であったことを会社が証明するのは、傷病手当金支給申請書3ページ目の「事業主記入用」になります。新型コロナウィルスの内容を記載する箇所はありません。労務不能であったかどうかを証明するれば手続きか可能です。「帰国者・接触者相談センター」に相談をしたかどうかを協会けんぽが確認するかどうかは、現状決まっていません。
参考|傷病手当金の手続き、何から始める?書類用意と申請の流れ
新型コロナウイルスは、労災になるのか?
労災は「業務災害」と「通勤災害」の2つに分かれます。
業務災害は、仕事との因果関係があるときに対象になります。業務上、新型コロナウイルスの感染者と長期間一緒にいたなど、客観的な事実があるときは、労災と認められる可能性があります。たとえば、新型コロナウイルスの治療にあたっている医療スタッフなどです。
通勤災害は、通勤に原因した疾病などが対象です。このケースでは、客観的に通勤が原因であることがわからないと、労災と認められるのは難しいでしょう。
通常の風邪や季節性インフルエンザなどに当てはめて考えてみてください。本当に通勤中に風邪に感染したのか、家族・友人などから感染したのかを明確にすることはできません。そのように感染の経緯が不明なときは、労災とは認められません。
あらかじめ考えておきたい、会社の対応
会社としてリスクを最低限に抑えるためには、緊急時のルールを考えておく必要があります。
①時差出勤、テレワークなどのルールを決めておく
新型コロナウイルスに限らず、災害や緊急時にも役立ちます。就業規則に記載し、周知しておくことで、会社も社員も判断に迷わなくなります。
②有給休暇の取得方法を決めておく
これも就業規則への記載をおすすめします。いざ緊急時に申請方法や書式が決まっていなければ、あいまいな運用になってしまいます。ただし新型コロナウイルスのような緊急性の高い事態の場合は、「〇日前までに申請」というルールより、社員の安全確保が優先されます。例外的措置を取るためにも、まずは基本的なルールがあること、労使間でコミュニケーションを取り、適切に有給休暇が取得できることが大切です。
③業務引き継ぎの流れを考えておく
万が一、社員への感染があったとき、どう業務を引き継ぐか、誰が進捗を監督するかなどを決めておきましょう。
④発熱、体調不良時の対応を決めておく
発熱があるときに出勤停止にするのかどうかや、病院受診の基準などを、社内で決めておくことも大切です。今回ばかりは「熱がありますが、何とか出社できます」という本人の意思は尊重できません。明確な基準を定め、該当者が上司・会社に報告しやすい環境をととのえます。
疑いがあるときは、「帰国者・接触者相談センター」に相談させ、指示にそって速やかに受診させましょう。
⑤家族に感染の疑いがある社員を出勤停止にするかを決めておく
家族が医療従事者で新型コロナウイルスの治療に当たっており感染リスクが高い、また風邪で発熱している…というとき、本人を出社させるかどうかの基準も必要です。そのためにも、テレワーク制度の構築をおすすめします。
⑥社内での予防を徹底する
手洗いや体調管理を徹底させ、重要度の低い集まりは延期する、会議はオンラインで行うなど、予防につとめましょう。
⑦社内で感染者が出たときの、会社としての対応を考えておく
新型コロナウイルスに感染した社員が出たときは、接触者の調査などが行われます。会社の運営にもかかわる事態になるため、早い段階での、経営層による対応の検討が望まれます。新型コロナウイルスは、医療機関から保健所への報告が義務付けられているため、当然ですが、隠すことはできません。
雇用調整助成金について
雇用調整助成金は新型コロナウイルスに特化した助成金ではありませんが、新型コロナウイルスの影響に伴う業績悪化で雇用調整を行わざるを得ない場合は、特例措置が受けられるようになりました。もし条件に当てはまるなら、申請の検討をおすすめします。
【雇用調整助成金の目的・概要】
・経営悪化(売上の大幅な減少、事業の縮小など)で休業をしないといけなくなったとき、従業員の雇用を守るため休業期間中の休業手当などの一部を助成します。
・休業の代わりに教育訓練を実施したときは、助成金の上乗せがあります。
・新型コロナウイルスの影響で、売上が10%以上減少した事業主は、通常の助成金の要件より優遇された特例措置が受けれます。
【対象の企業】
① 雇用保険に加入している事業主
② 直近3か月と前年の同じ期間とを比べ、売上高などが10%以上減少している事業主(新型コロナウイルス関係の特例措置では、「3か月」が「1か月」に短縮)
③令和2年1月24日時点で、事業所設置後、1年未満の事業主も対象(新型コロナウルス関係の特例措置)
④雇用保険の加入者、受け入れている派遣労働者数が、直近3か月と前年の同じ期間の平均値と比べて10%を超えて4人以上(大企業は5%を超えて6人以上)増加していないこと(新型コロナウイルス関係の特例措置では、この要件は不要)
【申請に必要なもの】
休業・教育訓練・出向をおこなう前に計画書の提出が必要です。計画提出後、休業をおこなうときは、事前の休業の計画の提出をします。
新型コロナウィルスの特別措置は、令和2年1月24日以降に1回目の休業などがあるときは、休業後でも計画届出の提出ができます。ただし、令和2年5月31日までに提出が必要です。
自社が対象になるか、対象者などを確認し、助成金の窓口に相談してください。
【助成金の対象】
・休業、教育訓練費、出向の3つ
・対象者は、6か月以上雇用保険に加入している従業員(新型コロナウィルス関係の特例措置では、6か月未満でも対象)
【受給額】
①休業手当または教育訓練をおこなったとき賃金の2/3(大企業:1/2)
②出向は、出向元事業主が負担する賃金額の2/3(大企業:1/2)
※①②は、対象者1人1日あたり8,335円上限(令和2年3月1日以降は8,330円)
③教育訓練を実施したとき:加算1日1,200円/日
※支給限度額日数:1年間で100日(3年間で150日)(新型コロナウィルス関係の特例措置では、3年間で150日という条件は、適用されない)
【参考資料】
まとめ
ニュースを賑わせている新型コロナウイルスは、決してモニターの向こうだけの話ではありません。満員電車、公共施設、不特定多数が出入りする場所…ビジネスマンが立ち入る場所は、どこも感染リスクの高い場所です。雇用側も、「まさかうちの社員が感染することはないだろう」と楽観視せず、できる限りのリスク回避をおこないましょう。「万が一」が起きたときの影響は、通常の季節性インフルエンザとは、比較にならないほど大きいからです。