厚生労働省が2018年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成したことがきっかけとなり、副業・兼業の気運が高まっています。「働き方改革関連法」には盛り込まれなかったものの、政府は副業・兼業の解禁を推奨しています。
大手企業での副業解禁のニュースを目にすることも増えました。2020年にはコロナ自粛で出勤できず、自宅待機やテレワークが増えたことも背景となり、副業ブームが到来しています。
当然、すべての企業が副業を認めているわけではありません。したくてもできない業種もあるはずです。一方的な副業禁止は、従業員の不満を招き離職リスクを高めます。とはいえブームに乗った安易な解禁は、失敗の元。副業解禁は、予想以上に難易度の高い施策といえるでしょう。
崩れゆく分業化と終身雇用
日本企業は、業務を分担させ、終身雇用という制度を取り入れることで成長してきました。従業員が専門分野を持ち、担当分野を決めエキスパートとして働くことで訓練コストが下がります。日本型雇用では転職や離職が起こりにくく、企業は安定して成長できていました。
しかし長く勤めることで出世し、給料も上がっていた時代は終わりました。ITの発達やグローバル化、そして事業展開のスピードについていけない従業員は、企業にとってコストのかかる存在となり下がっています。
副業解禁は、従業員を背負いきれなくなった企業にとって、諸刃の剣。表面的には「社外でスキルを磨き、広い視野を持ってほしい」などと謳っていますが、低スキルの従業員に高い退職金を出せなくなった代わりに、「外で稼いでもいいよ」という選択肢を与えたという面もあるはずです。かわりに優秀層は、さっさと社外でキャリアや人脈を形成し、離職する可能性が高まります。
国には国の都合がある。「副業は民間セーフティーネット」
企業が従業員の面倒を見切れなくなった以上、どこかに受け皿は必要です。しかし余剰人員を受けられる企業はもうありません。いつ倒産するかわからないという状態で踏ん張っているのは中小企業だけではありません。大手企業もシビアに人員整理を行い始めています。
今後、職を失った人たちが社会に溢れれば、失業保険や教育訓練、生活保護のコストは莫大になります。社会保障費の増大を食い止めたい国は、セーフティーネットとして会社員が副業をすることを推進しているのです。
定年退職後のシニア層も同様です。年金が減っても副業を持っていれば生活が成り立ちます。若い世代は年金の負担額が増え、受給額は減ることが明確ですから、「今のうちにお金を貯めておいてくれ」という思惑もあるでしょう。
副業をしている人の収入は…
ただし国の目論見は、なかなかうまくいっていません。
(出典)一般社団法人日本リサーチ総合研究所「平成30年度 労働力調査、就業構造基本調査、賃金構造基本調査、雇用動向調査、個人企業経済調査に関する再編加工に係る委託事業 報告書」より
上記グラフからも、副業をしている層の多くは「年収249万円までの、本業だけでは生活が苦しい層」であることがわかります。
企業が理想とするスキルアップでも、国がイメージするセーフティーネットとしての中間層の副業でもない、そもそもが「足りない生活費を補うための副業」である可能性が高いのです。終業後のナイトワークや単純作業では、睡眠不足で体調不良になり、本業へ悪影響が出るケースも後を絶ちません。
こうなると、本業をおろそかにされては困る企業側は、副業を認めません。結果、「副業をしないと生活が苦しい層」が副業できず、会社に内緒で副業を行い体調を崩すといった本末転倒な構造が生まれています。
変化が起きた2020年
しかし、2020年の新型コロナの流行により、副業をする層に変化が出始めました。
自宅待機やテレワークで時間に余裕ができ、「ちょっとやってみるか」と副業を経験する人が増えたからです。彼ら彼女らの多くは、自粛が明けた後も副業を続けています。外出が制限され、会社の業績や社会に対する不安があるわけですから、収入の種はそうそう手放さないでしょう。
問題は、副業をする層が変化しても、企業がその変化を受け切れていないことです。企業の本音は「本業に悪影響が出るのであれば、副業は解禁できない」です。いくらブームだ、必要だといっても、終身雇用神話を信じてきた管理職たちは副業にいい顔をしません。
副業は違法ではない
しかし副業を縛る法律はありません。企業にとって不都合なことがあっても、副業は罪には当たらないのです。副業を明確に禁止したい場合には、就業規則に副業を禁止する旨の記載が必要です。違反者に対しての処罰も、就業規則に罰則規定が書かれていなければ、処分できません。
ただし、企業がルールを決めたならば、従業員にきちんと周知する義務があります。もし副業を巡ったトラブルが起きたときは、副業禁止のルールが従業員に周知できていたかが争点となります。
会社は、社員の仕事上のホームであれ
上昇志向と勉強意欲が高い、優秀層の副業を禁止し、会社や業務に縛りつけるのは得策ではありません。不満を持てばすぐ離職されてしまいます。
だからこそ、副業を認め、「どの社員にとっても安心して戻れるホーム」としての会社をつくる必要があります。隠れてコソコソ副業をする人が増えれば、社内の空気も濁ります。そうではなく、副業先での経験を本業に活かせる風土をつくり、外での学びを持ち帰ってくれる社員を増やすことが、大きなメリットとなるはずです。
会社は、腹をくくって副業の可否を決めましょう。
ここまで副業解禁を推奨してきましたが、決してすべての企業に解禁をすすめているわけではありません。禁止なら禁止でいいのです。その理由が明確で、従業員にとって納得できるものであれば、就業規則に禁止の旨を記載し、全員に周知しましょう。
副業のルールを決めるとき、検討すべきこと
副業ルールは、企業風土や実情によって異なります。以下は主に検討すべき項目です。
・同業種での副業を認めるか、禁止するか
・副業先や内容の申請をどう行ってもらうか
・勤務状態や体調などの報告をどう行ってもらうか
気を付けてほしいのは、給与額や担当職種で可否を付けないことです。従業員が不公平感を覚えてしまうと、副業禁止以上に社内にデメリットを及ぼします。
従業員とのコミュニケーションを十分に取り、副業したい従業員の「求めるもの」を見極めていきましょう。「収入を増やしたい」のか「スキルをアップさせたい」のかが分かれば、企業として副業に対する対応を決めるときの参考にもなります。
従業員も、副業の意味を考え、自分のキャリア計画を立てる必要があります。収入を増やしたいだけであれば、社内制度活用や配置転換などで叶う場合もあるでしょう。スキルについても、社外研修や教育訓練などを利用することも可能です。
「副業」は経営戦略の一環になりえる
2021年、副業解禁する企業はどんどん増えるでしょう。しかし、副業を解禁している最先端な会社というイメージがほしい、従業員にいわれたから何となく解禁する…というスタンスではいけません。
・何のために、副業解禁するのか
・方針に沿ったルールは決まっているか
これを経営層・管理職が社員に正しく使えられて初めて、副業解禁が成功します。
リスクだけを考え禁止するのではなく、イメージを先行させて解禁するのでもなく、従業員の副業を「人の活用」のための経営戦略の一環として考えてください。