2010年代後半から、人事労務や人材業界でHRテックという言葉が盛んに聞かれるようになりました。HRテックとは「HR=人事」と「テック=テクノロジー」を合わせた造語で、AIやクラウド・RPA(ロボットによる業務自動化)・ビッグデータなどを活用して、人事労務の業務を効率よく行えるよう支援するサービスを指します。
そこで今回は、HRテックが盛り上がった背景と最新の業界動向、社労士のサービス領域とHRテックはどう関わっていくのか解説し、社労士に今後なにが求められるのかを考えたいと思います。
相当な盛り上がりを見せているHRテック
HRテックの市場は毎年140%超の急成長を続けており、2019年の市場規模総額は349億円、2024年度には1700億円の市場に育つと予測されています。
参考|HRTechクラウド市場が急成長、2020年度は前年度比136.4%の476億円へ─ミック経済研究所
HRテック業界カオスマップによると、HRテックのサービス提供範囲は多岐にわたります。「求人、採用、エンゲージメント、労務管理、アルムナイ、アウトソーシング」など、各社さまざまな切り口で、レガシーだったHR市場に一石を投じています。
図表はHR Techナビと株式会社ウィルグループの共同企画で作成されている「HR Tech業界カオスマップ」。 HRTech業界が網羅的にマッピングされています。(引用元:9カテゴリー449サービス掲載!HR Tech業界カオスマップ より)
【HRテック カテゴリ例】
- 求人カテゴリー
雇用形態ごと/業界職種特化型の求人募集サービス、SNSや口コミを利用した候補者集客サービス、ダイレクトリクルーティングなど - 採用カテゴリー
採用管理システム(ATS)、採用広報、採用マーケティングを支援するサービス、採用時の候補者バックグラウンドをチェックするサービスなど - エンゲージメントカテゴリー
組織診断や社員のシフト管理、評価管理をしながら従業員エンゲージメントを上げるサービス、人材開発・人材育成や社内コミュニケーション機能も付帯したものなど - 労務カテゴリー
労務手続き全般を行うクラウドサービス、勤怠管理・給与計算システム、給与前払いサービスなど
HRテックは、ただ単純に人材募集をして労務手続きを行うための代替えサービスではありません。今まで人の力では解決できなかった領域に踏み込み、テクノロジーを活用しながら水面下にあった課題を抽出し、解決していくものです。
たとえば、エクセル管理していた社員情報は、採用管理システム上のダッシュボードで一元管理できるようになりました。社員の入退社情報、顔写真、人事評価や社内の人事配置情報なども、ワンクリックで探すことができ、専門家がいなくても簡単に手続き書類を出力することが可能です。
「なんとなく社内に活気がないな」など感じたときは、HRテックサービスが社内データを分析してくれて、企業の課題抽出と施策の提案までワンストップで行ってくれるのです。
人件費より効率がいい?企業で導入が進む理由
HRテックは機能の充実に比例して、高コストになる懸念がありましたが、最近ではクラウドシステムの普及が進み、コスト面の心配も軽減されています。月額課金制のSaaS型サービスの認知度も広がり、中小企業でもチャレンジしやすい価格設定に変化している点が特徴です。
そのほかにも、スマホの普及により個人がインターネットにアクセスしやすい環境が整ったことが、求人募集や採用、エンゲージメントなどのHRテックサービスにとっては追い風になっています。私たちが予想していたよりも速いスピードで、HRテックの活用は広まっています。
HRテック業界の動向
HRテック業界大手のSmartHRは、2019年に61.5億円の資金を、第三者割当と社債で調達しました。そしてほぼ同時期に提供している労務システムの無料枠を拡大し、ユーザの利便性を図っています。
具体的には、無料で労務システムを使える対象企業の社員数を10人から30人に引き上げ、30人規模の会社は無料で労務管理ができるようになりました。SmartHRだけでなく、同じく人事労務システムを提供するジョブカンも社員数5人までは無料プランを打ち出しており、非常に低コストで労務管理を行うことができるようになってきました。
このような風潮が広がれば、最悪の場合、顧問社労士契約を解除して無料の人事労務システムに登録する企業も増えるかもしれません。
またHRテックサービスを提供する各社は、芸能人をイメージキャラクターにしたコマーシャルや、インターネット上でのイメージ広告などで、旧態の人事労務管理をしている人たちへ積極的な啓蒙活動を続けています。各社のプロモーション合戦は、「HRテックを活用すれば業務効率化が飛躍的に進む」という、新しい概念を急速に広げているといえるでしょう。
他の士業でも「〇〇テック」の盛り上がりは顕著です。弁護士×テクノロジーでリーガルテック、税理士(金融)×テクノロジーでフィンテックなどが次々に登場しているのも最近のトレンドです。
クラウド・AIの発達によるスタートアップのビジネスを3つに分類
人事労務業界に関連するスタートアップのビジネスは、「業務効率化」「プラットフォーム」「新価値創造」の3つに大別されます。
スタートアップとは、まだ市場に受け入れられていない新たなビジネスモデルを創出し、短期間で事業売却を目指すこともある社歴の浅い企業です。一方ベンチャー企業は革新的なアイデアや技術を用いながら、既存ビジネスを進化させていく新興企業を指します。
HRテック市場では、これらのスタートアップやベンチャー企業が、急成長をとげながら、下記のような新たなHR市場を創出しています。
分類①業務効率化…ルールがあるものをITツールで効率化
給与計算など一定のルールがあるものを、クラウドにあるシステムに置き換えて、管理、給与計算後の配布まで行うものです。また、社会保険の事務手続きは電子申請が一般的になり、手続き内容をデータ化して社内システムと連携する方法がスタンダードとなってきています。マンパワーで事務手続きする機会は減り、勤怠の集計もAIによって行われる時代に突入しています。
分類②プラットフォーム…商品やサービス、人や情報を集めた「場」の提供
サービス提供者の情報と、サービス利用を検討している顧客からの要望を同じ「場」に集めて、双方をマッチングさせる仕組みのビジネスです。不特定多数の顧客に対して、法律相談なら弁護士、経理の相談は会計士や税理士を紹介するといったように、それぞれの顧客が求める専門家と顧客をつなぎます。
分類③新価値創造…今までになかった概念でサービスを生み出す
退職の申し出を社員に代わって企業に伝えて退職手続きを代行するEXIT、社員の社内貢献度を見える化するUnipos、エンゲージメントの向上をサポートするWevoxなど、今までなかった新しい価値を創造し、新市場とサービスを生み出す企業が目立つようになりました。
HRテック市場は今後も大きく成長性が見込まれる分野のため、国や投資家から資金も大量に投下され、提供するサービスも多様に進化していきます。人事労務はどの企業にも必要な業務ですから、今までHRテックに関与してこなかった民間企業も、今後多HR市場に乗り込んでくる風潮は続くでしょう。
社労士のサービス領域とHRテック
社労士の仕事の領域は「働く」ということの土台すべてです。
ただし勤怠管理や給与計算をはじめ、いくつかの社労士の仕事は、すでにHRテックのサービスに利用者が流れつつあります。アウトソーシングを受けている社労士事務所も多いと思いますが、今後その受注がいつまでも続くとは限りません。
そしてAIが発達していくにつれ、どんどん新しい価値とサービスが開発され、今まで社労士には提供しきれていなかった付加価値がユーザーに案内されていくでしょう。すでに採用支援のクラウドサービスは多く出ており、これまで「人が人を判断」していた部分がテクノロジーに置き換わりつつあります。
最後に残るのは、図の右上部分である、いわゆる「コンサルティング」に関する領域でしょう。この領域をAIが担うのは、当面先だと考えられています。しかし競争が激しくなってからコンサルティングに踏み出しても、遅い可能性があります。数年後には事務や作業系はすべてHRテックサービスに置き換えられ、顧問社労士を必要とする企業の絶対数が減っていると予測されるからです。
課題が生む、新しいビジネスモデル
HRテックが発展すると、企業の「うちの会社に合うサービスはどれか知りたい」というニーズが高まります。 そのニーズに対応した、クラウドサービス導入支援のサービスも既に出てきました。
例:予約制ショールームやメディアなどで、オンライン・オフラインを融合した総合的なクラウド体験ができ、導入まで支援してくれるサービス「CLOUD STATION(クラウドステーション)」
今後は、社労士向けサービスを選択するだけではなく、顧問先に「どのサービスが課題解決に向いているか」「メリットとデメリットはこれ」と、的確な提案ができる社労士が重宝されることは間違いありません。つまり、社労士はツールを使いこなすだけではなく、HRテックのコーディネーターである必要が出てくるのです。
「IT導入などしなくても顧問先は減らない」「よく分からないから敬遠している」という方も、少し先を見据え、HRテック情報に触れてみることをおすすめします。
まとめ
今まで社労士と月額契約をしてこなかった企業や、就業規則などの書類の作成すらできなかった企業が、労務環境をととのえるためにHRテックのサービスの利用を始めています。社労士ひとりが広報活動する数百倍、数千倍の広告費で、HRテックのプロモーションが盛んに行われ、認知も急拡大しています。小手先の努力だけでは、社労士の存在感をアピールすることは非常に難しくなってきました。
この現状に危機感を持った社労士さんたちの動きも活発になってきていると、HRbaseは感じています。
とはいえ、どのような仕事も、100%テクノロジーに代替されるとは限りません。人の手と頭脳が加わらなければ、提供できない付加価値もあるはずです。まずは現状の変化を受け止め、社労士界の役割や今後を問い直し、私たちだからこそ提供できる価値をつくっていく必要があるようです。